SAPのクラウド移行前に押さえておきたい3つのポイント

 2023.12.18  リアルテックジャパン株式会社

今、SAPのクラウド移行とクラウドの活用増加に比例しててさまざまな問題が顕在化しています。Flexera社のクラウドサービス調査レポート*1によると、ここ数年クラウドユーザーの組織全体が直面する最重要課題として、セキュリティやクラウド費用の増加、およびリソースや専門知識の不足が常に上位を占めています。またマルチクラウド管理の問題が増加傾向であり、これはマルチクラウドのサービス利用が増えたことによってクラウドの管理がより複雑になっている背景があります。本稿では、これからSAPシステムをオンプレミスからクラウドへ移行する予定のお客様を対象に、クラウドのさまざまなリスク・課題に備えて、事前に押さえておきたいポイントを解説したいと思います。
なお、移行先のクラウドはパブリッククラウドのIaaS環境を前提としています。

*1 同レポートはFlexera社による大小さまざまな企業を対象にパブリック・プライベート・マルチクラウドの各市場に関する世界的な動向をまとめたものであり無料で入手可能です

ポイント① クラウド選定

最初に移行先のクラウドを選定する必要があります。SAP社の認定を受けたパブリッククラウドは本稿作成時点で8つあり、代表的なAWS、Azure、Google Cloudを始め、老舗ITベンダーのIBM Cloud、IBM Power、Oracle Cloud、中国のAlibaba Cloud、Huawei Cloudから選択できます。提供されている機能やサービスレベルは各社さまざまであり、大きく以下のような要素と自社要件とを総合的に評価したうえで、自社に適したクラウドを決定します。

CloudEvaluationItems

クラウドの選定では、フラットに各社の比較をするよりも、既に導入・実績済みの使い慣れたクラウドがあればそのクラウドを基準に検討していくのがよいと思います。ゼロから新しいクラウドのための教育や運用の仕組みを構築するのは非常にコストが掛かり、その後のクラウド管理コストの問題につながる可能性があります。また初めてクラウドを導入する場合は、後述するSAPの認定要件(各クラウド環境で許可されたOS/DB/SAP構成条件)の制約で最初に絞り込むのがひとつの方法です。最終的に候補として残ったクラウド間で上記の要素を評価し、自社要件の再考も選択肢に入れながら進めていくのがよいと思います。

安定したクラウド活用には次のポイントを押さえておくことが重要です。

セキュリティ、ガバナンスの強化

Flexera社のレポートによれば、企業のクラウド課題としてセキュリティが常に上位に挙げられています。ガバナンスの課題も含まれており、企業が直面する課題はクラウドでもオンプレミスと大きく変わりません。これはクラウド導入後もOSから上のレイヤーに当たる管理・運用はユーザーが責任を持って行う必要があり、これはOSやミドルウェアのパッチ対応、アプリケーションのID・権限管理、アクセス制御、データ暗号化等のセキュリティ対応が該当します。加えて外部攻撃や情報流出などの新たなクラウドリスクに備える必要もでてきます。そのため、クラウド移行時にセキュリティ・ガバナンスの強化が重要です。

拡張、外部サービス連携

クラウド導入後の機能拡張や外部サービスとの連携も重要な要素になります。たとえば、S/4HANAを拡張するには従来のアドオン開発ではなくS/4HANAをクリーンなままにクラウドサービスのSAP Business Technology Platform(SAP BTP)によって拡張する方式が利用できます。SAP BTPでは、AIやIoTといった最新テクノロジーを自社システムに取り込むサービスを提供しており、今後ますます重要な位置付けになることが想定されます。SAP BTPの各サービスやソリューションはマルチクラウドで展開されていますが、利用可能なサービスはクラウドによって異なり、特に新しいサービスはAWSやAzureといった特定のクラウドに先行して導入する傾向が見られます。そのため、自社のクラウドで利用できない場合はビジネス成長で遅れてしまったり、あるいはマルチクラウド化が必要となる可能性があるため、利用したい外部サービスがクラウドで提供されているか確認しておくことが重要です。

マルチクラウド化

クラウドには災害時のサービス停止や想定外のサービスの値上がり、またサービス変更といったオンプレミス環境とは異なる様々なリスクがあります。そのため、特定のクラウドサービスに集中した利用方法をとっていると事業の継続に支障をきたす場合があります。1つのクラウドサービスへの依存率が高いことを一般的にベンダーロックインとも言いますが、仮に複数のクラウドサービスを同時に活用するマルチクラウドを利用している場合は、運用負荷や管理コストは増加したとしても、そのようなリスクを軽減できます。特定のクラウドサービスに無理に適合させるよりも別のクラウドとの相性が良ければクラウドを使い分けることも選択肢のひとつです。その場合は、複数のクラウドを管理するための人材の育成や運用の標準化、さらに安全に利用するためのセキュリティ・ガバナンスの強化といった施策を行うことが必要不可欠です。

ポイント② ライセンス活用

ソフトウェアを提供するベンダはクラウドで利用する際のライセンス規定を定めており、一般的にオンプレミスの場合とライセンス規定が異なるため、クラウド移行時にライセンスの買い直しや従量課金制への変更が発生する場合があります。そのため、オンプレミスで所有するライセンスを無駄にせずクラウドで有効活用できれば全体としてコストを抑えることができます(下図)。またクラウド移行のタイミングはオンプレミスの余剰ライセンスや未使用ライセンスを最適化するよい機会となります。

LicenseUtilization

SAP製品は基本的にクラウドにライセンスを持ち込むことができるため、SAPシステムのクラウド移行では基盤となるOS/DBのライセンスの取り扱いが重要となります。但し、各ベンダのライセンス構造は一般的に複雑で分かりにくいため、クラウドでライセンスを有効活用する際にライセンス規定に違反しないように仕組みを理解するることが必要です。ここでは、以下の製品をAWSとAzureに移行する場合について、ライセンスの利用条件や持ち込み可否について整理したいと思います。

  • Windows Server
  • SQLServer
  • Oracle Database

なお、ライセンスに関する詳細な条件や制約および最新情報等について正式な判断を必要とする場合は必ず各ベンダにお問い合わせください。弊社では一切の責任を負えませんので予めご了承ください。

はじめに

ライセンスを持ち込む先のクラウド環境は、大きく分けて共有(マルチテナント)と専有(シングルテナント)の2種類があります。共有タイプは1つの物理ホストを複数ユーザーでリソースを共有するもので、仮想マシンに対して利用料金が請求されます。一般的にクラウドといえばこの共有環境をイメージされていると思います。専有タイプは1つの物理ホストを1ユーザーで専有するもので、Dedicated Hostと呼ばれ、ホスト自体に対して利用料金が請求されます。専有環境は共有環境より高コストになりますが、ライセンス条項に制限のあるソフトウェアを持ち込みたい場合やセキュリティ面で厳しいコンプライアンス要件を遵守したいときに適した環境となります。

Windows Serverのライセンス持ち込み

Windows Serverのライセンス持ち込み条件は次のとおりです。

  • 特定のMicrosoft製品は、ソフトウェアアシュアランス(SA)によるライセンスモビリティを使用して、ライセンスをクラウド環境へ持ち込むことが可能ですが、Winodws Serverはライセンスモビリティの対象外であるため、持ち込みができません。(ライセンスモビリティとは、SAの特典のひとつでその有効期間だけライセンスを認定されたデータセンターあるいはクラウドに導入することができる仕組みです)
  • クラウドの専有環境は、以前はユーザー専用環境と見なされていたため、SAが無い場合でもライセンスの持ち込みが可能でしたが、2019年10月を境にできなくなりました。2019年10月に発表されたMicrosoftライセンス条項の改定により、2019年10月以降に購入したライセンスと2019年10月以降にリリースされた新しいバージョンへアップグレードしたライセンスを専有環境に持ち込みできなくなっています。
  • よって、AWSへWindows Serverライセンスを持ち込む方法は、2019年10月より前に購入したWinodws Server 2019以下を専有環境で利用する場合のみです。それ以外のケースは、AWSが提供するライセンス料金込みのインスタンスを従量課金で利用する必要があります。
  • Azureも上記ライセンス改訂の対象となり、AWSと同様の影響を受けます。但し、SAを所有するWindows ServerライセンスはAzureハイブリット特典を適用して、どちらの環境へもAzureに持ち込むことができます。(Azureハイブリット特典とは、SAが有効なオンプレミスのWindows ServerとSQL ServerをAzureで再利用するMicrosoftユーザーにロイヤリティとして提供されるサービスです)

まとめると下記のとおりです。

BringingYourOwnWindowsServerlicense

SQLServerのライセンス持ち込み

SAPシステムで利用するデータベースは、一般的に直接ベンダから購入するフルユースライセンスとSAPから購入するランタイムライセンスの2種類があります。フルユースライセンスは、各ベンダの一般的なライセンス条項(プロセッサやユーザベースによる価格設定)が適用され、各ベンダのオンプレミスとクラウドの各ライセンスポリシーに従います。ランタイムライセンスは、SAPシステムと組み合わせてのみ利用することが許可されたライセンスとなり、ライセンス価格はSAP Application Value(SAV)と呼ばれるSAP価格表(データベース上で実行されるSAPライセンスの総額)の割合で決定されます。そのため、ランタイムライセンスはハードウェアインフラに影響しない価格モデルとなり、その割合はOracleなら〇%、SQL Serverなら□%、SAP HANAなら△%というようにデータベースによって異なります。ユーザーはランタイムライセンスで十分なのか、フルユースライセンスが必要なのかを利用ニーズと価格を踏まえて購入します。ちなみに、SAP HANAは、フルユースライセンス(Enterprise Edition)とランタイムライセンス(Runtime Editiont)をどちらもSAPから購入します。HANAのフルユースライセンスはメモリ総量に基づく段階的な価格モデルでHANAのほとんどの機能が利用でき、ランタイムライセンスは先述の価格モデルでアプリケーションレイヤを介してのみデータを利用できます。

上記を踏まえ、SQLServerのライセンス持ち込み条件は次のとおりです。

  • SQLServerのフルユースライセンスは、ソフトウェアアシュアランス(SA)によるライセンスモビリティを使用して、クラウド環境へ持ち込むことが可能です。
  • SAを所有していないフルユースライセンスは、前述のMicrosoftライセンス条項の改定によって、2019年10月より前にリリースされたSQL Serverのみ専有環境へ持ち込むことが可能です。
  • フルユースライセンスの条件は、AWSとAzureで同等です。
  • SQLServerのランタイムライセンスは、MicrosoftとSAPの新しいSQL利用条件の取り決めにより、Azureを除くマルチテナント型の共有ハードウェアに配置することが許可されていません。
  • そのため、AWSへの持ち込みは専有環境のみ可能であり、Azureへの持ち込みはどちらの環境へも可能です。

まとめると下記のとおりです。

BringYourOwnSQLServerlicense

Oracle Databaseのライセンス持ち込み

OracleのライセンスはCPUコア数を使って計算され、その際にOracle Processor Core Factor Tableと呼ばれるCPUの種類で決められた係数を使ってライセンス数を計算します。たとえば、係数が0.5のIntel Xeonプロセッサなら、2CPUコア=1ライセンスとなります。クラウドでOracleを利用する場合も同様の係数を踏襲していましたが、2017年1月のライセンス改定後は、AWSとAzureでこの係数が使えなくなりました。そのため、2vCPUコア=2ライセンスとなり、ライセンス費用がオンプレミスに比べ最大2倍になります。 但し、AWSとAzureのハイパースレッディングによる仮想コアが大きくなる点が考慮されています。つまりハイパースレッディングが使用されると、CPUコア1つに対して仮想コアは見かけ上2コアとなりますが、その場合は2vCPUコア(ハイパースレッディング有効)=1ライセンスとして補正されます。

上記を踏まえ、Oracleのライセンス持ち込み条件は次のとおりです。

  • Oracleのフルユースライセンスは、上記のライセンス改訂の影響を受けますが、AWSとAzureへ持ち込むことが可能です。
  • ランタイムライセンスは、ハードウェアインフラに影響しないため、特に制限なく持ち込むことが可能です。

まとめると下記のとおりです。

BringYourOwnOraclelicense

ポイント③ SAP認定要件

オンプレミスで利用するSAPシステムのOS/DB/SAPは、SAP製品出荷マトリクス(PAM)に記載されたサポート条件に従って構成を組みます。一方でクラウド環境の場合は、SAPとクラウドサービス両方から完全なサポートを受ける必要があるため、PAMの条件に加えて、クラウド特有のサポート条件が記載されたSAPノートに従って構成を組む必要があります。SAPノートには、SAPシステムで利用可能なVMインスタンス、ネットワーク、ストレージに関する情報や導入ガイドラインに関する文書情報も掲載されています。つまりクラウドに移行する場合は、PAMとクラウドの2段階の認定要件に従ってOS/DB/SAPの許可された構成を確認し、さらにクラウドのSAP環境下で利用が許可されたVMマシンなどのインフラを考慮したうえで導入/移行計画を立ていくことになります。

各クラウドサービスでサポートされるOS/DBの組み合わせを集約すると次のとおりです。注意点として、下表はOS/DBの組み合わせのみを示しており、別でOS/DB/SAPバージョンレベルの条件があります。また本番環境だけでなく非本番環境(開発/検証)にも適用されます。

SAPCertificationRequirements

クラウド移行では、PAMだけの確認で計画フェーズを終わらせないように注意してください。ここでは、過去に弊社が関わったクラウド移行プロジェクトにおいて、クラウド要件が満たされていなかった事例を2つご紹介します。

事例① クラウド(IBM Power)においてOracleバージョンがクラウド要件を満たしていない

当プロジェクトは、SAPシステムをオンプレからIBM Powerのクラウド環境へ移行する内容で、現行システム(NW7.0/Oracle11.2/AIX)は既にサポート期限が終了しており、また近い将来廃止される予定でした。そのため、OSレベルでのバックアップ・リストアを利用して、現行構成を極力変更せずにクラウドへ移行を行う予定でした。しかし、IBM PowerでサポートされるOracleバージョンが12.1以上であることから、結局はOracleアップグレードの作業が発生してしまいました。

Oracleをアップグレードしても既にサポート期限が終了している状況はオンプレとクラウドで変わらないのでこのままでも問題ないのでは?と思われるかもしれませんが、その考えは正しくありません。当該システムはサポート期限が終了していますが、正確にはフルサポート(主流保守)から制限サポート(顧客固有保守*2)に移行している状態です。但し、移行先のクラウドはそもそも保守期間に関係なくOracle11.2を一切サポートしていない環境です。そのため、クラウド環境で現行と同等の顧客固有保守のサポートレベルを維持するためには(現行のサポートレベルを落とさないためには)、Oracle12.1以上を利用することが必須となります。

*2 顧客固有保守について詳しくは「SAP ERPのサポート終了問題」参照

事例② クラウド(AWS) においてWindows/Oracle構成がクラウド要件を満たしていない

当プロジェクトは、ERPシステムをオンプレからAWSのクラウド環境へS/4HANAにコンバージョンする内容で、現行のERPシステム(ERP6.0/Oracle11.2/Windows)のコピー環境を一旦AWSに構築し、その環境を経由してS/4HANAへ移行する予定でした。現行構成がOracle/Windowsであることから、コピー環境もOracle/Windows構成を導入しましたが、この構成はAWSではサポートされていません。

SAPの考え方としては、クラウドのインフラ環境はアーキテクチャによって診断の可能性が制限されているため、問題の根本的原因を分析するためにはクラウドサービスベンダやデータベースベンダのサポートが必須となります。そのため、本番使用されない環境であっても、技術的な問題がSAPソリューションに関連するのかインフラストラクチャサービスに関連するのかが特定できないケースでは、SAPから完全なサポートを受けることができません。結局はプロジェクト側がリスクを承知した上で移行作業は進められました。

リアルテックジャパンにご支援できること

クラウド移行前にさまざまなリスクや課題を把握しておくことは、クラウド化後の運用を的確に行うためには必要不可欠となります。しかしクラウドベンダーやパートナー企業との関係によって十分に検討されずに移行計画が進めらている実態もあるのではないでしょうか。

リアルテックジャパンでは、クラウドシステムへの移行を全面サポートするサービスをご提供しており、お客様に最適な移行計画をご支援します。SAPシステムのクラウド移行について何かご心配な点や疑問点がございましたら、ぜひお気軽にご相談ください。

S/4HANAへの移行をご検討中のご担当者様へ

基幹システムの移行は、企業にとって避けては通れない道です。ノウハウのない企業では、しばしば計画が甘くなってしまい、想定外のトラブルによって失敗することも少なくありません。
もしも現在、

  • SAPのS/4HANAへの移行を考えており、進め方の相談に乗ってほしい
  • 2027年問題への対応の進め方がわからない
  • システム移行の必要があるが、社内リソースが足りず困っている
  • 移行に関するノウハウがないが、リスク回避のポイントを押さえたい

などのお困りごとがありましたら、私達リアルテックジャパンへご相談ください。

リアルテックジャパンはSAP製品に精通したエンジニアが多数在籍する、テクノロジーコンサルティングファームです。
2002年の設立後、SAPシステムを導入されている企業、クラウドベンダー、ハードウェアベンダー、コンサルティングファーム等のお客様から高い評価を頂いております。
移行の規模を問わずさまざまなお悩みに対応していますので、ぜひお気軽にご相談ください。

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