SAPシステムのクラウド移行を検討する際、「SAP HEC」という選択肢について詳しく知りたいと考えている方も多いのではないでしょうか。AWSやAzureなどの一般的なクラウドサービスと何が異なり、どのような価値があるのかを正しく理解することは、プロジェクトの成功に不可欠です。

結論から言えば、SAP HEC(HANA Enterprise Cloud)とは、SAP社がインフラからOS、データベースの運用までをワンストップで提供するマネージドクラウドサービスです。単なるサーバー貸しではなく、SAPの専門家による運用サポートが付帯するため、システム管理の負担を大幅に軽減できる点が最大の特徴といえます。
本記事では、SAP HECの基本的な仕組みから、他サービスとの違い、導入時のメリット・デメリットまでを網羅的に解説します。
この記事で分かること
- SAP HEC(HANA Enterprise Cloud)の定義と特徴
- 一般的なIaaS型クラウドサービスとの決定的な違い
- ベンダーによるワンストップ運用のメリット
- 基幹システムをクラウド化する際のコストと注意点
- SAP S/4HANA移行におけるHECの活用価値
SAP HEC(HANA Enterprise Cloud)の概要

SAP HEC(HANA Enterprise Cloud)は、SAP社が提供するSAPシステム専用のプライベートマネージドクラウドサービスです。SAP ERPやSAP S/4HANAなどの基幹システムを稼働させるために最適化されており、インフラストラクチャの提供にとどまらず、OS、データベース、SAP Basis(ベーシス)領域の運用管理までをSAP社が包括的にサポートするPaaS(Platform as a Service)型のソリューションとして位置づけられています。
企業が基幹システムをクラウドへ移行する際、単にサーバーをクラウド上に置くだけでなく、その後の安定稼働やセキュリティ対策、障害対応といった運用面での課題を解決するための選択肢として多くの企業に導入されています。
SAPシステムの運用に特化したPaaS型クラウド
SAP HECの最大の特徴は、SAPインメモリデータベースである「SAP HANA」の能力を最大限に引き出すために設計されたアーキテクチャと、SAP社自身による運用サービスがセットになっている点です。ユーザー企業は、ハードウェアの調達やデータセンターの選定、複雑なインフラ設計といった初期構築の負担から解放されます。
また、導入後もSAPの専門エンジニアによる運用サポートが提供されるため、システム部門はインフラの維持管理ではなく、業務改革やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進といったコア業務にリソースを集中させることが可能です。具体的には、以下のような領域がサービスの提供範囲に含まれます。
- SAPアプリケーションに最適化されたサーバー環境の構築と提供
- OSおよびデータベース(SAP HANA)のインストールと設定
- システムの監視、バックアップ、リカバリ対応
- セキュリティパッチの適用やバージョンのアップグレード管理
- 24時間365日体制での障害対応とテクニカルサポート
一般的なIaaS型クラウドサービスとの違い
クラウドサービスを選定する際、AWS(Amazon Web Services)やMicrosoft Azure、Google Cloudといった「IaaS(Infrastructure as a Service)型」のパブリッククラウドと比較されることがよくあります。これらIaaS型サービスとSAP HECの決定的な違いは、「ベンダーの責任範囲」と「運用の主体」にあります。
一般的なIaaS型クラウドでは、ベンダーはサーバーやネットワークといった「インフラ基盤」の提供までを責任範囲とし、その上で稼働するOSやミドルウェア、SAPアプリケーションの導入・運用はユーザー企業自身(または委託したパートナー企業)が行う必要があります。これに対し、SAP HECはプラットフォーム全体をSAP社が管理するため、OSやデータベース層のトラブル対応も含めてベンダーに任せることができます。
両者の主な違いを下表のとおり整理しました。
| 比較項目 | 一般的なIaaS型クラウド | SAP HEC(PaaS型) |
|---|---|---|
| サービスの提供範囲 | サーバー、ストレージ、ネットワーク等のインフラ基盤のみ | インフラ基盤に加え、OS、DB、Basis領域の運用まで含む |
| 運用の主体 | ユーザー企業または導入パートナー | SAP社(マネージドサービス) |
| 障害時の対応 | インフラ起因の障害のみベンダーが対応 | インフラからSAPシステム稼働までをベンダーがサポート |
| カスタマイズ性 | 非常に高い(OS設定なども自由) | SAP標準に準拠した範囲での調整(安定性重視) |
| 主なメリット | コストの柔軟性、リソースの即時増減が可能 | 運用工数の削減、SAPシステムとしての高い可用性と安定性 |
このように、IaaSは自由度が高くコストコントロールがしやすい反面、運用の専門知識と体制が社内に必要となります。一方でSAP HECは、SAPシステムの安定稼働を最優先に考えたフルマネージドサービスであり、運用リスクの低減と管理工数の削減を重視する企業に適しています。
SAP HECを活用する価値
SAP HEC(HANA Enterprise Cloud)を導入する最大の価値は、単なるインフラのクラウド化にとどまらず、SAPシステムの運用に最適化されたマネージドサービスを享受できる点にあります。企業がSAP HECを活用することで得られる具体的なメリットについて、以下の3つの観点から解説します。
ベンダーによるワンストップの運用サポート
SAP HECの最も大きな特徴は、インフラ基盤からSAPアプリケーション基盤(Basis領域)の構築・運用に至るまで、SAP社がワンストップでサポートを提供する点です。
Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureといった一般的なIaaS型クラウドサービスの場合、ベンダーの責任範囲は通常、サーバーやネットワークといったインフラ基盤の提供にとどまります。そのため、OS、データベース、およびSAPアプリケーションのインストールや設定、日々の運用管理は、ユーザー企業自身または委託したパートナー企業が行わなければなりません。
一方でSAP HECは、SAP製品を知り尽くしたベンダーがインフラからミドルウェア、アプリケーション基盤までを一貫して管理します。これにより、ユーザー企業は複雑な基盤運用から解放されます。一般的なIaaSとSAP HECの責任範囲の違いは下表のとおりです。
| 管理対象レイヤー | 一般的なIaaS | SAP HEC |
|---|---|---|
| アプリケーション基盤(Basis) | ユーザー企業 / パートナー | SAP社(標準提供) |
| データベース(HANA等) | ユーザー企業 / パートナー | SAP社(標準提供) |
| OS / 仮想化基盤 | ユーザー企業 / パートナー | SAP社(標準提供) |
| ハードウェア / データセンター | クラウドベンダー | SAP社(ハイパースケーラー連携含む) |
また、SAP HECはAWS、Azure、Google Cloud Platform(GCP)などの主要なパブリッククラウド(ハイパースケーラー)上で稼働させることも可能です。使い慣れたクラウド基盤を利用しつつ、その上の運用管理をSAP社に任せることができるのも大きな魅力です。
システム障害リスクの低減と迅速な対応
基幹システムにおいて最も避けたい事態の一つが、システム障害による業務停止です。IaaS環境でSAPシステムを運用する場合、トラブル発生時の「問題の切り分け」が大きな課題となります。
例えば、「SAPシステムにログインできない」という障害が発生した際、その原因がインフラ(ネットワークやサーバー)にあるのか、データベースにあるのか、あるいはアプリケーション設定にあるのかを特定するのは容易ではありません。IaaSベンダーはインフラ稼働の保証しかしおらず、アプリケーション層のトラブルはサポート範囲外となるため、ユーザー企業が自力で原因究明を行う必要があります。
対してSAP HECでは、SAP HANAの運用エンジニアがインフラからアプリ基盤までを横断的に調査・対応します。問題の所在がどこであれ、SAP社が窓口となって迅速に解決にあたるため、システム障害時のダウンタイムを最小限に抑え、リスクを大幅に低減することが可能です。
バージョンアップ対応と管理工数の削減
市場環境の変化に対応するため、SAPシステムは定期的なバージョンアップやセキュリティパッチの適用が不可欠です。しかし、これらの作業は専門的な知識を要し、検証作業も含めると多大な工数が発生します。
SAP HECを活用すれば、こうしたシステムのアップデート作業やパッチ適用をSAPの専門スタッフが主導して実施します。常に最新かつセキュアな環境が維持されるだけでなく、社内のIT担当者が運用保守作業に忙殺されることがなくなります。
結果として、IT部門のリソースを「システムの維持」から「DX推進」や「業務改善」といったコア業務へシフトさせることができ、企業全体の競争力強化につながります。
基幹システムをクラウド化するメリット
SAP HECの導入により基幹システムをクラウド化することで、企業は経営資源の最適化やリスク管理において多大な恩恵を受けられます。オンプレミス環境での運用と比較して、クラウド化には主にコスト、働き方、事業継続性の3つの観点で大きなメリットがあります。
運用コストの削減と最適化
基幹システムをクラウドへ移行する最大のメリットの一つは、TCO(総保有コスト)の削減と最適化が可能になる点です。オンプレミス環境では、サーバー機器やネットワーク機器の購入といった初期投資に加え、データセンターの維持費、空調や電気代、ハードウェア保守などのランニングコストが固定費として発生します。
一方、クラウドサービスを利用する場合は、ハードウェア資産を自社で保有する必要がありません。これにより、初期導入コストを大幅に抑えられるだけでなく、運用フェーズにおいても、利用したリソース分だけ費用を支払う従量課金モデルによってコストの適正化が図れます。また、ハードウェアの老朽化に伴うリプレース対応や、OS・ミドルウェアのパッチ適用といったメンテナンス業務をベンダーに任せられるため、社内IT人材の運用負荷と人件費の削減にもつながります。
オンプレミスとクラウドにおけるコスト構造の違いは下表のとおりです。
| 項目 | オンプレミス | クラウド(SAP HEC等) |
|---|---|---|
| 初期費用 | ハードウェア購入費など多額の投資が必要 | 初期設定費のみで低く抑えられる |
| 運用コスト | 保守要員の人件費や設備維持費が固定化する | 利用量に応じた従量課金で最適化が可能 |
| 拡張性 | リソース追加には機器の調達と構築が必要 | 設定変更のみで柔軟にリソースを増減できる |
場所を選ばない柔軟な働き方の実現
クラウド化によって、物理的な場所やデバイスに縛られない柔軟な働き方が実現します。従来のオンプレミス環境では、セキュリティの観点から社内ネットワーク内での利用に限定されるケースが多く、社外からのアクセスには複雑なVPN設定などが必要でした。
クラウド型の基幹システムであれば、インターネット環境と適切な認証基盤があれば、どこからでもセキュアにシステムへアクセスすることが可能です。これにより、営業担当者が外出先から在庫確認や受注処理を行ったり、承認者が移動中にワークフローを承認したりと、業務スピードを落とすことなくビジネスを進められます。
また、近年推進されている「働き方改革」においても、基幹システムのクラウド化は重要な役割を果たします。具体的には、以下のような多様な勤務形態への対応がスムーズになります。
- 在宅勤務(テレワーク):自宅からオフィスのPC環境と同様に基幹業務を行えるため、育児や介護との両立がしやすくなります。
- モバイルワーク:移動中や顧客先などの外出先で、スマートフォンやタブレットを用いて業務を遂行できます。
- サテライトオフィス勤務:本拠地以外の遠隔地のオフィスでも、本社と同じシステム環境で業務が可能です。
事業継続計画(BCP)としての有効性
自然災害やシステム障害などの不測の事態に備える「事業継続計画(BCP)」の観点からも、基幹システムのクラウド化は非常に有効です。自社でサーバーを管理している場合、オフィスが被災するとシステムが全停止し、データの消失や復旧の長期化により事業存続が危ぶまれるリスクがあります。
クラウドサービス、特にSAP HECのようなエンタープライズ向けのクラウドでは、堅牢なデータセンターでシステムが運用されており、データのバックアップや二重化が標準的に行われています。これにより、万が一自社オフィスが被災した場合でも、システム基盤は影響を受けず、インターネット経由で別の場所から業務を再開することが可能です。
BCP対策におけるクラウドの利点は以下のとおりです。
- データの保全性
- 地理的に離れた複数のデータセンターにデータを分散保管することで、同時被災のリスクを回避し、データを確実に守ります。
- 迅速な復旧(DR対策)
- 災害復旧(Disaster Recovery)の仕組みがあらかじめ組み込まれていることが多く、障害発生時からシステム復旧までの時間を大幅に短縮できます。
- セキュリティの確保
- クラウドベンダーが最新のセキュリティ技術と物理的な監視体制を提供するため、自社単独で対策を行うよりも高度な安全性を確保できます。
導入時に考慮すべきデメリットと注意点
SAP HEC(HANA Enterprise Cloud)は、SAPシステムの安定稼働と運用負荷の軽減を実現する強力なソリューションですが、導入にあたってはクラウド特有のコスト構造や運用の制約を理解しておく必要があります。ここでは、導入前に検討すべき主なデメリットと注意点を解説します。
ランニングコストの発生と内訳
基幹システムをクラウド化する際、最も大きな変化の一つがコスト構造です。オンプレミス環境では初期投資(ハードウェア購入費など)が大きなウェイトを占めますが、SAP HECのようなクラウドサービスでは、初期費用を抑えられる反面、毎月のランニングコストが継続的に発生します。
長期的な視点で見た場合、利用期間によってはオンプレミスよりも総保有コスト(TCO)が高くなる可能性があります。また、為替レートの変動やデータ量の増加に伴うリソース追加により、想定よりも月額費用が変動する場合があるため注意が必要です。
SAP HECのコスト内訳は、一般的に以下の要素で構成されています。
| コスト項目 | 内容 |
|---|---|
| インフラストラクチャ費用 | サーバー、ストレージ、ネットワークなどのハードウェアリソース利用料。 |
| マネージドサービス費用 | SAP社による監視、バックアップ、パッチ適用、障害対応などの運用代行費用。 |
| ソフトウェアライセンス費用 | SAP S/4HANAなどの利用ライセンス料(サブスクリプション形式、または既存ライセンスの持ち込み)。 |
| 追加オプション費用 | 災害対策(DR)環境の構築や、より高度なセキュリティ監視サービスの利用料など。 |
これらのコスト構造を把握し、自社の予算計画と照らし合わせて、費用対効果を慎重にシミュレーションすることが重要です。
カスタマイズの自由度と標準化の重要性
SAP HECは、SAP社が管理するプライベートクラウド環境(PaaS)です。そのため、自社でサーバーを所有するオンプレミス環境と比較すると、システムに対するアクセス権限やカスタマイズの自由度に一定の制約があります。
具体的には、OS(オペレーティングシステム)やデータベース層への直接的なアクセスは、運用の安全性を担保するためにSAP側の管理下に置かれます。これにより、OSレベルでの独自ツールの導入や、データベースへの直接的な変更を伴うような極端なカスタマイズは制限される場合があります。
また、SAP HECのメリットである「迅速なバージョンアップ」や「運用工数の削減」を最大限に享受するためには、システムを標準機能に合わせる「Fit to Standard(標準化)」の考え方が極めて重要です。
- 過度なアドオン開発(追加機能開発)は、バージョンアップ時の検証作業を複雑化させます。
- 独自のカスタマイズが多いほど、障害発生時の切り分けが難しくなり、復旧までの時間が長引くリスクがあります。
- SAP標準のベストプラクティスを活用することで、将来的なDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応がスムーズになります。
導入時には、現在の業務プロセスをそのままシステムに載せるのではなく、業務自体をSAPの標準機能に合わせて見直すことができるかどうかが、プロジェクト成功の鍵となります。SAP HANA Enterprise Cloudが最適な理由などの公式情報も参考にしながら、自社にとって最適な運用モデルを検討してください。
SAP HECに関するよくある質問
SAP HECとSAP S/4HANA Cloudの違いは何ですか?
SAP HECはSAPシステムを稼働させるためのインフラ基盤を提供するPaaS型サービスであり、SAP S/4HANA CloudはERP機能そのものを提供するSaaS型サービスという違いがあります。
SAP HECとRISE with SAPの違いは何ですか?
SAP HECは「インフラ(PaaS)」のみを提供するサービスであるのに対し、RISE with SAPは「S/4HANAのライセンス、インフラ、業務改善ツール」を一本化した「包括契約(SaaS型サブスクリプション)」である点が最大の違いです。HECが「場所」の提供なら、RISEは「業務変革に必要な環境すべて」を提供します。
AWSやAzureなどのパブリッククラウドでも利用できますか?
はい、SAP HECはSAP社のデータセンターだけでなく、AWSやAzure、Google Cloudなどの主要なパブリッククラウド上でも利用することが可能です。
既存のアドオンプログラムはそのまま使えますか?
基本的には利用可能ですが、移行先のデータベースがSAP HANAになるため、HANAに対応していないコードが含まれている場合は修正が必要になります。
導入期間はどのくらいかかりますか?
システムの規模や移行方式、カスタマイズの量によって異なりますが、一般的には要件定義から本番稼働まで数ヶ月から1年程度の期間を要します。
セキュリティ対策は十分ですか?
SAP社の厳格なセキュリティ基準に基づいて運用されており、データの暗号化やアクセス制御など、高度なセキュリティ対策が施されているため安全です。
まとめ
SAP HECは、SAPシステムの安定稼働と運用効率化を両立するPaaS型のマネージドクラウドサービスです。導入により、ベンダーによる一元的なサポートを受けられ、運用管理工数の削減や障害対応の迅速化といった大きなメリットが得られます。一方で、コスト構造の変化や標準化への適応といった課題も考慮しなければなりません。基幹システムのクラウド移行は、企業のDXを加速させる重要なステップです。成功のためには、自社の要件に合わせた慎重な検討と、専門家のサポートが不可欠です。
当社はSAPのスペシャリストとして、豊富な知見と実績をもとに、最適なソリューションをご提案します。
SAPに関するご相談やお見積りのご依頼は、ぜひお気軽にリアルテックジャパンにお問い合わせください。
【本記事の監修体制について】
執筆:リードプラス株式会社
監修:リアルテックジャパン株式会社SAPソリューション事業
この記事は、SAP導入プロジェクトの豊富な経験を持つ当社の専門部門が内容を精査し、 以下の最終承認プロセスを経て公開しています。
最終監修責任者:リアルテックジャパン株式会社 代表取締役社長 松浦 一哉
企業の代表として、お客様の課題解決に繋がる有益で正確な情報発信に責任を持って取り組んでまいります。
- カテゴリ: SAP クラウド
- キーワード:SAP 製品群



